
昭和36年、寺子屋みたいな高木塾の塾生で結成。名前の由来は初代監督高木實氏の巳年から。その後息子の高木健氏に受け継がれ高木スネークと命名。現総監督の新良順一氏が昭和54年に3代目監督に就任。以後少年スネークと名を改め地区大会十連覇など着々と八重山少年野球界の王道を歩み平成7年には悲願の全琉制覇。その年行われた全日本学童軟式野球大会(マクドナルド杯)では初出場で三位入賞の県勢最高記録(当時)。平成13年、4代目監督に宮良稔氏、同15年5代目監督に西里秀行氏が就任した。主なOBに現OB会長の伊禮忠彦氏(元中日ドラゴンズ)。2001年チーム結成40周年を迎えた。ホームグラウンドは登野城小学校。 |
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抜 粋 |
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1961年4月 |
高木学習塾塾生でスネーク誕生
初代監督に高木實氏 |
| 1972年 |
高木健氏が2代目監督に就任 |
| 1976年3月 |
少年スネーク悲願の初優勝 |
| 1979年 |
3代目監督新良順一氏にバトンタッチ |
| 1979年12月 |
冬季大会で優勝 |
| 1982年 |
この年より破竹の地区大会十連覇 |
| 1987年 |
春季大会から四連覇 |
| 1988年 |
冬季大会から六連覇 |
| 1989年8月 |
虹の松原カップ大会で九州制覇 |
| 1995年3月 |
初の全琉制覇 |
| 1995年8月 |
全日本学童軟式野球大会で3位入賞 |
| 1999年 |
2度目の全琉制覇 |
| 2001年 |
宮良稔氏が4代目監督に就任 |
| 2003年 |
西里秀行氏が5代目監督に就任 |
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